先日いつも懇意にしている方から2冊の本をお借りしました
そのうちの1冊・・・。

西村公朝 著 『仏の世界観』 吉川弘文館
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本文より
東大寺大仏殿の銅造毘盧舎那如来(像高1473cm)は蓮台に坐して
います。この蓮台の形は、俗に大仏座と称するものですが、その連弁
に多数の如来や菩薩像が線彫りされています。この仏たちの表現を、
今日では蓮華蔵世界図といっています。中略
仏の世界観を説明しますが・・・中略
その光景とは次の二つのことです。
その一つは我々が望遠レンズで天体を観測しているような状態です。
例えばある一つの星をレンズでとらえます。その星をさらに詳しく知りたい
と思う時レンズの倍率を上げます。するとその星の周囲にさらに小さな
星やその他の何かがあることを知ります。それでその周囲の各個にレンズ
のピントを合わせます。このようにピントを合わせることによって次々と形
の変わったものを1枚の画面にそのすべてを表現しようとしたものだという
考え方です。
今ひとつは例えば我々が宇宙船に乗り、そこから望遠レンズで地球をみて
いる状態です。
まず地球の全体は丸い形にみえるでしょう。そこでレンズの倍率を上げると
海と陸がみえるでしょう。陸にピントを合わせますと山・川・街などがみえます
そこでその一つ一つにピントを合わせます。例えば街の場合は多くの人家
があります。このように非常な高所から望遠レンズで全体から細部へとピント
を合わせます。
次に地球に戻ってそのレンズでとらえた一人家に行きます。そこで家族に会い
縁者のことを調べます。そしてさらに縁者たちから縁者へと周囲を広げて調べ
ます。即ち、肉親,縁者,師弟,同志,社長と社員,店員と客というようにいろ
いろの社会関係の繋がりを調べるのです。
以上の二つの光景に似た表現法が仏の世界図の表現構成にあるのです。
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東大寺 盧舎那仏像 連弁線刻
当時の人の発想は凄いですね。
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本文より
まず広大な海があります。
この海から一つの大きな開花した蓮華が伸びて出ています。蓮華は一つの蓮肉を
多くの蓮弁を包んでいます。この大きな蓮華の上面、即ち蓮肉の上面をみますと
そこがまた海になっているのです。次にその海をよくみますと、またそこに開花した
小蓮華が無数に伸びています。その小蓮華の一つ一つをよくみますと、その上面が
また海になっているのです。しかもその海には大きな島があります。これを須弥山
(しゅみせん)といいます。さらに細部をよくみますとこの須弥山を中心として七金山
が囲むように連なりその山と山の間に香水の海が七つあります。また七金山の外側
は塩水の海となりその中に四つの大きな島があります。この島を須弥四洲といいます
そして各洲にはその周囲に大島が2、小島が500あります。
最後にこれを囲むように鉄囲山があります。そこで何か生きものはいないかと、細部
をよくみますと中心の須弥山にはそのふもとに二竜王が住みその上部に三段の
夜叉宮があり、さらにその上部には四天王のいる四天王宮があり、最頂上には帝釈天
を始めとする三十三天のいるとう利天宮があります。またこの須弥山の左右に日天・
月天があり、これらの上空に無数の仏たちがおられるのです。そして我々人間や動物
は、須弥四洲に住んでいます。
それでは仏の世界はどうかと須弥山の上空をみますと、そこには階段のように、25部
(25天)に区切られています。これを宗教的には大きく三つに区分して、下から欲界・
色界・無色界を表したものだといっています。中略
次に、その仏だけにピントを合わせますと、遠くからでは1体だけのようにみえますが
その仏を中心として周囲に多くの眷属仏(けんぞくぶつ)がいます。
それでもう一度中心部にピントを合わせます。すると驚くことに、その肉髻珠(にくけいじゅ)
から、新しい仏が無数にどんどん吹き出されています。これは丁度シャボン玉のように
空中へ飛び散って行くのです。この小仏たちを、化仏(化身仏)といっています。
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東大寺 銅造毘舎那仏座像
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本文より
以上が25部の内、その一部におられる一体だけをみた状態です。したがって
各部ごとにいる他の仏たちもすべて同様ですから、この須弥山全体を想像し
ますとまったくの驚異です。仏の数たるや、まさに無量といえましょう。しかも
これが瞬間ごとのできごとですから、この須弥山上には、あふれるように仏達
でひしめきあっていることでしょう。中略
しかし経典ではこれを数字的に説明しています。即ち一小蓮華世界の千倍を
小千世界といい、小千世界の千倍を中千世界、中千世界の千倍を大千世界
といい、これらの全体を三千世界といっているのです。
さてレンズの接写によって以上の状態を知ることができたのですが、それでは
これらの無数の仏たちを誰が統括しているのでしょうか。その仏はどこにおら
れるのか、もう少し周囲を探してみましょう。ついにみつけました。各須弥山
よりも、はるかかなたの高いところにその全身の大きさは膨大です。しかも
大光明を十方に放ち、全身の毛孔からこれまた数え切れない化仏を吹き出し
ています。
経典では、この仏を毘盧舎那如来(毘盧遮那如来)といっています。
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このように今度は東大寺の大仏殿を見てみよう
そう言えば大仏さんは蓮台の上にどっしりと座っておられます。
『一即ち多ナリ 多即ち一ナリ』
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