2008年8月2日 自分ともう一人の自分とまだ見ぬ自分・・・。
居るんだろうが見えない自分・・・
これを求めて居るんだろうがやっぱり・・・
もう一人の自分は少しだけ解るというか
感じるようになった。(自分の中の他人)
あと、まだ見えぬ自分が・・・
それはまだどうやって生きていこうかと考えているからだろうか?
以前、お二人のご老人、一人は大僧正・もうお一人は
いつも私の事をいつも心配してくださっているご老人・・・
その方々とお話しした時いつも出るのがどうやって死のうか・・・
ただ漠然と死を迎えるんじゃなくて何をやって死にたいか・・・(なのか?
河合隼雄さんも本でそのような事を書いておられた記憶がある。
生きること・死にかた表裏一体と思って投げかけたことも
ありましたが、答えは返って来ませんでした。
どうも違うらしい・・・。
生きていこうとしている時のロマン(夢)・・・
死を迎えようとした時のロマン(夢)・・・
相反するロマン(夢)の達成感の違いは何なのか・・・
相反するかどうかも解らない・・・
死は何時とは解らないから。
これが探しているまだ見ぬ自分の答えではないと思いますが
最近頭の中を右往左往しています。
書いていて訳が解らなくなりました。
ただ、まだ見ぬ自分が絶対にいると思います。
探そう・・・。
我が行く道に茨多し されど命の道は一つ
この外に道なし この道を行く
-実篤- 心の床の間より
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