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2008年1月23日 達磨大師の問答、生きるヒント・・・。

妄想をつくるのは心、ぬぐい去るのも同じ心だ

 人生に悩みはつきものです。悩むまいと思っても、次から次へと新たな問題が出てきて心を
悩まし、苦悶します。その悩みは、いったいどこから生じるのでしょうか。
 それは、人が見(けん)・聞(もん)・覚(かく)・知(ち)して、その対象についてあれこれ思いを
生ずるからであるといえます。ですから悩みの元は、見聞覚知する心にあります。

ある僧が達磨大師に尋ねます。
「心とはあるのでしょうか。ないのでしょうか。」大師が答えます。
「無心だ」
「無心だとすれば、なぜ人々は見聞覚知するのでしょうか」
「無心が見聞覚知するのだ。私は見聞覚知して、無心だ」
「無心なのに、なぜ、それが無心だと分かるのですか」
「もし心が有るのなら、その心を取り出して示しなさい。示すことができないなら、それが無心だ
 人々は、本来無心であるのに、このことを知らず、心が有ると勝手に思い込んで、さまざまな
 業を作り、悩み苦しんでいるにすぎない。無心に目覚めれば、悩みも悟りもなくなる。仏達は
 無心であるから、何も見ることができないと見られただけである」
「それでは、木や石と同じなのですか」
「そうではない。木や石は、存在を悟るという、真実を知ることがない」
「では、無心に至るにはどうすれば良いでしょうか」
「いついかなる時も無心であると思うことだ。無心とは迷わないことをいう。迷わないということは
 思念を残さないことだ」

達磨大師はこの問答で、悩みをなくし、人生を強く生きるヒントを示されています。多くの人は、
悩みの元である心が〝ある〟と思いこみますが、実は心の対象に囚われているにすぎないの
です。しかし、その悩みの対象は、現実にはどこにも存在せず、心が勝手に造り出した妄想で
あるのです。
                   般若心経 人生を強く生きる101ヒント より  公方俊良

P4110175.JPG 

達磨の問答ぶろぐの由来と言おうか菩提達磨(未詳~五二八)の教えに触れて

改めて感動です。

不安な心を究明するには、不安を生じた時にこの不安な何なのか

この不安はどこから来たのか・・・

妄想だと自分が勝手に思い込んでいるんだと・・・

思い込むようにしよう。

これを毎日読み返しているのですがまだまだ煩悩が頭を支配しています。

                  五蘊皆空(ごうんかいくう)
                          『我、単純で在れ』

tags, 菩提達磨 達磨寺

 
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