当たり前が感じない世の中
今日はこの方(吉川)と先程まで飲んでいました。
ミナミの割烹やながわでお食事をいただきました。
少しお酒も入っていますが書かなければと言う使命感が実はありました。
それは今日のこの方のブログに原因はありました。
↓
| このフェリーがなくなっていた間、それらが当然にあるものとして感じられるときには感じられなかった、それが構築された意味を、それが「非常な努力と細心の注意をもってして初めて維持しうる発明と構築」であることを、再確認できたのだと思う。 |
これは私が感じたことです。
当たり前に意識もしなくて当たり前のようにあると人間はその意識に
対して無感動で空気のように感じてしまうのではないのでしょうか
今、地域も大きな社会も自然に対しても”感謝”が出来なくなりました
私の町でもそうですが今まであった昔の商店街が歯が抜けたようになり
街としての形成が成り立ちにくくなり、郊外の大店舗に
買い物に行ってしまう。
建設業も同じように思います、地域貢献が目に見えず当たり前のように
生活をしている住民・・・
メディアに先導され本質が見えない世の中。。。
誇張された報道。。。
空気がありがたいと思う世の中に成らないと本質が見えないのでしょうかね・・・
自然もそのように思います。
微生物が光合成を起こし食物連鎖で我々が住める世の中になっています
一見、俗っぽくて、つまらなく見られますが、下水道の処理や廃棄物の
処理も微生物がおこなっています。
しかし、この事は美しい社会を維持する為には基本的なことです。
さらに微生物は、私達が汚してしまった湖や川、そして海をきれいにするし、
自然にはない工業廃水も浄化し、食物や動物の死骸や排泄物も分解して、
土壌を肥沃にしています。また必要な窒素を土壌中に加え、食物がリン酸を
取り込むのを手伝い、食物や動物が必要としているイオウ化合物の
供給も担っています。
やさしく言えば食物や動物の残したモノを再利用し、地球上のすべての
生命がよりどころにしている酸素・二酸化炭素・窒素、さらに
水までも常に供給し続けているのです。
当たり前に感動がないのです。
当たり前に感謝できる世の中になって欲しいものです。
日々是感謝心掌
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