『都の復活,今、倭人(やまとじん)わ何をすべきか・・・』飛鳥美人と大藤原京(新益京あらましのみやこ)を探る。 ①
2007年11月30日 飛鳥美人と大藤原京(新益京)を探る…
どうもサンちゃんとこの方と室生寺巡りをしてから奈良が一段と大好きになり
もっと勉強しようと言う気になりました。
先日も当社の元顧問で人生の大先輩でもある宮崎さん(爺爺)から喫茶店で
1時間ぐらい歴史の勉強を教わりました。。。(笑い
家でも爺爺と呼ばれていて元鹿島建設の土木屋さんなんですが
趣味が短歌という一風変わった御仁で博学で何でも知っておられて
三年前に短歌の本を出版され、出版パーティは設営等も任されたのですが
いつもお話しを聞いているだけでこころも癒され
こんな爺さんになりたいなといつも思っています。
と言う風に頭が飛鳥時代に洗脳されてきました・・・
〈都〉の成立 飛鳥京から平安京へ
門脇禎二・狩野 久 平凡社
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P23 中略
私がそんなことを考えはじめた理由には、法隆寺金堂本尊の光背銘ですが、飛鳥時代の
(一)歳次丙寅年正月生十八日記高屋
歳(ほし)は丙寅(ひのえとら)に次(やど)る正月生(つきた)ちて十八日に記す。
高屋(大阪府藤井寺)大夫とは有力貴族で何人かの妻のうちの一人、韓婦夫人
(二)戌午年十二月為命過名」伊之沙古而其妻名汀麻」尾古敬造弥陀佛像以」 中略
いままで言われていたような、ただ「蘇我氏と物部氏が喧嘩して、蘇我氏が“仏を取り入れよう” |
ここまで読んだ中で飛鳥時代に今の韓国から嫁を貰っていたと言うことは飛鳥美人にも
この血(DNA)が受け継がれているのでしょうか。
今で言うハーフが飛鳥美人の原型かも知れませんね・・・
倭人(やまとじん)+飛鳥美人=私のご先祖かも。。。
学者さんによっていろんな説があるようですが私の説は根拠も何もありませんが
ただこの本を読んで私のご先祖さまは倭人と飛鳥美人だと信じ、
日記も書かれていたようだし、情報を発信して
奈良をもう一度都に新益京の復活を・・・
つづく
日々是感謝心掌
関連用語
TBどうもありがとうございました。
学校で習う歴史は苦手ですが、1つ1つの事から興味をもって掘り下げ、調べていく歴史は面白いですね。
当時の美女の代名詞「ひきめかぎはな」ですが、特に目は高麗の人のそれと似ているような気がします。
うどん2さん
>当時の美女の代名詞「ひきめかぎはな」ですが、特に目は高麗の人のそれと似ているような気がします。
漢字では「引目鉤鼻」みたいですが
http://brown1.tulips.tsukuba.ac.jp/jart/nenpu/3hmkh001.html
やまと絵では目は一本の線で引き、鼻はくの字表す事からきている
みたいですね。
高麗美人はもう少し研究します。。。笑い
日々是感謝心掌
「引目鉤鼻」、おまけに「しもぶくれ」もでした!
おかめも美人顔だったと聞きますが、高麗美人とはちょっと違う感じですね。
>高麗美人はもう少し研究します。。。笑
そういう研究は楽しそうですね。(笑)
はい、これはゆっくり研究したいですね。
まにあ2号さんも何故か現地に行って
みたいと言っておられるので早くお金と
時間が出来るようにお互い頑張ろうと
言っています。。。笑い
日々是感謝心掌
